「いくらなんでもこれでは無理かな?我輩のは極細ではあるんだが?」。傍らのペットボトルを掲げて
岡山の麿がのたまう。「まあねえ。なんぼオマエさんのが短小とはいってもチョッと小さ過ぎじゃあない
の」八千代村の翁が真面目な顔をして頷いている。近くで聞いているこちらは可笑しくてクスクス笑い
出すしかない。
2人はペットボトルが尿瓶の変わりにならないかと真剣な顔して話し合っているのだ。「しょうがない。
マナン村まで探しに行くとするか」岡山の麿は潔く諦めたらしい。ペットボトルの吸い口にわが一物の
サイズを合わせるまでもないと思ったようだ。
ここはアンナプルナ山群が顔上にのしかかるように迫る標高3540mの山村テンギ村の古びたロッジ。
正面には急峻な岩壁に大きな氷河を抱いたガンガプルナ(7455m)が削ぎ落としたような鋭い角度で
聳えている。この先にはもう売店らしい売店がないと聞き、容器を求めに2km程下ったマナン村まで買
出しに行くしかないと決心したというわけだ。
明日からはいよいよBC入りとなり、今までのロッジ泊からテント生活になるのだが、そこで大きな問
題がトイレなのだ。標高5000mを越すと空気は平地の半分近くとなり、誰しも高山病に苦しむことに
なり、夜中にトイレに起きるのが一苦労なのである。
マイナス10度の世界、暖かいシュラフから抜け出すのも勇気がいるが、それ以上に大変なのが一連
の動作である。テントは二重構造になっており、その都度何回かジッパーの上げ下げをしなければなら
ないのだが、こちらのテントは作りが悪いのか、チャックがいつも故障していてすんなりと開いてくれない。
ヘッドランプの下でああでもない、こうでもないとジッパーをいじくり回しているだけで、息が切れハアハア、
ゼーゼーしてしまう。高山病予防薬のダイアモックスを飲んでいるので(これは利尿剤)夜中に3度も4度
もトイレに起きなければならず、高山での排泄行為は鬱陶しくて本当に苦痛なのである。そこで登場した
のが尿瓶というわけだ。
およそ往復2時間も費やして買い求めてきた容器はまさに尿瓶にピッタリの広口壜、麿はこれで一件落
着とばかりにんまり、携帯トイレがいたくお気に召したようで、いかにも満足そうであった。が、一件落着で
もなかったのである。
標高4820mのベースキャンプに入った日、ためしにやってみた麿「ウン、なかなかいけるではないか」
とご満悦だったが、数時間後2度目の時に予期せぬ事態に見舞われ慌てふためく羽目となったのである。
容器が1リッターという小さな容器であった為、途中で溢れてきたのだ。勢いついた噴水は急には止まら
ないもの。あれよ、あれよという間にシュラフはビッショリという憂き目にあいなってしまったとか。ヒマラヤ
の天空トイレ、お笑いの一幕。