4 雪崩回避と積雪・雪質 | |
1 雪上歩行技術 | (1)雪崩発生のメカニズム |
(1)雪山の歩き方の基本 | (2)積雪・雪質の構造 |
(2)キックステップ | (3)断面観察と弱層テスト |
(3)アイゼン歩行 | (4)人為的雪崩の防止 |
(4)ピッケルの使い方 | (5)万が一、雪崩に巻き込まれたら |
(5)滑落停止技術 | 5 雪崩のセルフ・レスキュー |
(6)ワカン歩行 | (1)雪崩発生点、埋没者消失点確認 |
2 アンカーの作り方と確保技術 | (2)アバランチトランシーバ、プローブ捜索 |
(1)アンカーの作り方 | (3)埋没者の掘り出しとケア |
(2)確保法 | 6 冬山の気象 |
3 シェルターの作り方 | 7 雪山独特の危険(雪庇、ホワイトアウト) |
(1)雪洞 | 8 装備について(補足) |
(2)イグルー | 9 山岳情報入手先 |
(3)スノーマウント | 10 参考文献 |
(4)雪洞での生活術 |
解説写真の一部は赤澤東洋、川崎義文、別所宗郎各氏のご協力を頂きました。記して謝意を表します。
個人的使用の場合のコピーはご自由にどうぞ。 それ以外の目的での無断転載などはご遠慮下さい。
When you follow any of the procedures described here,you assume responsibility for your own safety.
このテキストは、雪山入門から中級程度までの積雪期登山に関する技術の一端について述べたものです。
低山のスノーハイキングや、逆に雪山バリエーションルート、積雪期アルパインライミング、アイスクライミング、
高標高険峻山岳縦走などの高度な登攀については割愛していますので、それぞれの専門書をご覧下さい。
極くおおまかな技術レベルで言えば、雪の丹沢・奥多摩・奥秩父縦走などから、八ケ岳や谷川連峰の一般
ルート、北アルプス等の初〜中級ルートまでと考えて下さい。
雪山での最も危険な要因は雪崩と悪天候です。雪崩については、日頃から山の雪に親しんで雪(積雪と雪
質)に関する「勘」を養っておくこと、また、悪天候については天気図から目標の山域の天気予測ができること、
その山の特殊な気象条件を知っておくことが重要なファクターです。
雪山は無雪期の登山と比べてはるかにリスキーな登山ですが、リスク回避の方法を習得することによって
危険度を相当程度減らすことができます。技術書を読むことも大事ですが、事故や遭難の実際例(報告書)を
繙き、自分なりの要因分析や事故回避シミュレーションを試みることが役に立ちます。また、目や耳から取り
入れた知識を現場で実際に検証して「自分の」、「生きた」技術にしておくことも大切ですし、先人のアドバイ
スを「謙虚に」かつ「批判的に」受容することも重要です。また、雪山の知識や技術だけでなく、日頃から登山
一般に関する思索を深めておくことも技術の裾野を拡げること、イザという場合の緊急対応時の考え方・対処
に役立つのではないでしょうか。
「危険な要因」が決定的な「危険な事態」になるのは、その「危険性」に全く気付いていないか、または危険
予知の認識が甘いからと言えます。経験不足からくる場合も多いでしょうが、山歴が長くても過去の遺産(ひと
りよがりの経験や勘や度胸、所謂(KKD) だけに頼っていては、リスクを減少させることはできません。このよう
な窮地に陥らないためには、リスク回避のための新しい知識を常に吸収し、経験をリフレッシュさせることが肝
腎です。知識と経験は車の両輪です。経験を深めることは新しい知識を要求し、新しい知識は経験を深めるこ
とを要求すると言えるでしょう。
また、セルフレスキューの技術を習得しておくことも大切です。本稿ではその一部にしか触れませんが、
稿末の参考図書を参照して下さい。
リスクを回避できるかどうかは、登っているルートの難易度と自己の持っている技術レベルとの微妙なバラン
スの上に依存していると言えます。自己の技術で乗り切れると思われるルートでも、気象や積雪の状態などに
よっては想像以上に困難なルートに変貌することもあります。また、ワンランク上を目指す場合には(周到な準
備をすることは勿論ですが)、予想を越えた陥穿に嵌まることもあるかも知れません。
また、人間は、いつかどこかでミスを起こす危険性も否定できません。そのような観点から言えば、自己最
大限の技術と体力と気力を磨き、細心の注意を払って計画・実行したとしても、雪山の危険を全くゼロにするこ
とはできません。不可抗力に近い事故や遭難は雪山ではいつも潜在的に存在しているということを冷静に認
識しておくことも必要です。それは登山という行為が持つ本質でもあり宿命でもあります。
安全に細心の注意を払いつつ、雪山を存分に楽しんで下さい!!
街での歩き方と異なり、雪山ではフラット・フィッティング(足裏全体で雪面を捉える。足裏全体感覚)が基本。
「脚上げを高く」、「両足間隔を広く」、「歩幅を小さく」歩く。重心(体重)の移動は静加重、静移動⇒前足に体重
を乗せ、前足の膝を伸ばして立ち上がることによって、静かに後ろ足を引く。爪先で雪面を蹴ったり、爪先立ちや、
踵から着地(街ではこのスタイル)するとスリップの原因になる。身体の姿勢は鉛直。靴裏のブロックパターン
(アイゼンのツアッケ)全体を雪面にフラットにつけて雪面を“掴む”感覚が重要。
(1)フラットフィッティングではスリップしやすいが、アイゼンを着ける程では無い緩斜面や雪質ではキックステップ
を使う。膝中心のサイクルで、後 足の膝を前に出す動作と一連の動作として、つまり体重移動のスライドと靴
自体の重さを有効活用する(下肢の回転運動で蹴り込んだり、無 理に蹴り込む動作は疲労を増す。また疲
れないために出来るだけ1回の蹴り込みでステップが切れるようにすることも重要。一旦蹴り込んだら ステッ
プを崩さないために、足をずらさないこと)。堅雪の場合は力を入れて振り子式に蹴り込む必要がある。
(2)直登の場合
爪先を水平に蹴り込む。前足(蹴り込んだ足)に体重を移す時、後足で雪面を蹴ると爪先立ちになってステップを
崩し易い。
(3)直下降の場合
自然に真っ直ぐに立ち、重心が踵の真上にくるようにし、踵を水平にして雪面に踏み込む。リズミカルに。視線
の位置は足元よりも目の高さの 水平方向。直登、直下降の際、傾斜が急であったり、やや堅雪の場合はピッ
ケルを山側に刺してバランスを保持し、最大傾斜線に対して身体 横向きで登下降する方が良い場合もある
(山側エッジング)。
(4)斜登高・斜下降の場合
山足を進行方向に、谷足を外側(谷側)にやや開く。山足はアウトサイドエッジ、谷足はインサイドエッジを効かす。
(5)トラバースの場合
最大傾斜線と直角に両足を山側にエッジングする。体重は鉛直方向。山足は進行方向(最大傾斜線と直角方向)、
谷足は谷側に開く場合もあ る(関節柔軟度の個人差による)。急斜面では身体が山側に傾き易いが、そうなると
スリップする。
《以下、本稿では便宜上アイゼン歩行とピッケルの使い方を別項立てにして記述している箇所がありますが、
実際の山行ではピッケルを積極的な確保支点として使うなどの場合以外は、アイゼンとピッケルは有機的に
(コンビネーションで)使われる場合が多く、両者一体として機能すべきものです》
◎アイゼンが必要になる限界前に安全な場所で行う。必要になってから装着するのでは遅い。(遅いという意味は、
既に斜面が急になり過ぎて いて、装着できる平坦な場所が無いという意味)
◎平坦な場所で。無ければ作る。雪崩、落石、風などの無い場所を選ぶ。
◎アイゼンの左右を確認し、手袋を着用して、上方を向いて(落下物から身を守るため)、装着していない方の足で
しっかり身体を支持しながら装着する。最初に利き足側の足場を固めてから、初めに反対の足から装着する方
が良い。
◎バンドの末端は、足でヒッカケたり踏んだりしないようにキチンと短く処理する。
◎歩き始めて暫くして、アイゼンバンドの緩み、垂れ下がりがないかなどチェックすること。
《アイゼンの点検(緩みなど)、締め具の点検、長さの調節などは山行の前に済ましておくこと》
《また、締め具の方式と靴の種類の相性は重要で、例えば、ワンタッチ式アイゼンは装着に便利であるが、革靴
には適さない場合が多いので注意すること》
足を引きずらない。意識的に足を上げること(ツアッケの長さ分だけ高く) 。両足の間隔はアイゼン無しの時よりも
拳1ケ分意識的に開くこと。アイゼンの爪によるズボンの裾などへのヒッカケ、雪面へのヒッカケは転倒・滑落に繋
がる。雪山での転倒・滑落は取り返しのつかない重大事故に繋がる。(アイゼンの衣服へのヒッカケはフロント・
ツアッケではなく、踵の下にある内側の爪による場合が殆どである)。歩行の基本はフラットフィッティング(フロント・
ツアッケ以外の全ての爪が平等に雪面を捕らえている状態、各ツアッケには均等加重)。
◎直登の場合
フラットフィッティングを保持すること。緩斜面では両足平行。傾斜が急になってくるに従って、爪先を「逆ハの字」
に開いてフラットフィッティングを維持する。更に傾斜がきつくなってくれば、フロントポイント(前爪)をキックステップ
で蹴り込む。更に益々急傾斜になって直登が無理になって くれば、斜登高に切り替える。
◎直下降の場合
両足は平行。傾斜が増してきたら前足の横にしっかりとピッケルを突き、腰をやや落とし気味に、体重を鉛直に保
ちつつ次のステップに踏み込む。安定姿勢が重要。視線は目の高さで正面。及び腰になり易いが、そうすると
スリップする。更に傾斜が増してきたら、横向きで下降。この場合、山側のサイドエッジを効かせ、身体は鉛直に
保つこと。ピッケルは山側に刺す。横向きでは降りれない程の急傾斜になったら、斜面正対して下降する。アイゼ
ンのフロントポイントを効かせ、ピッケルを胸の上方に刺してホールドとする。更に急な斜面ではハイダガーポジシ
ョン (後述)に握ってピックを刺す場合もある。
◎)斜登高
山足は進行方向。谷足はやや谷側に開く(最大傾斜線と直角に)。山側にサイドエッジング。 ピッケルは山側の手
(以下「山手」と略) に持って山側に突くか、利き手が「谷手」ならクロスボディポジション(後述)で山側に突いても
良い。
◎)斜下降 谷足は進行方向、山足は山側に開く(最大傾斜線に直角に)。
◎トラバース 両足とも進行方向(最大傾斜線と直角)
◎方向転換
ターンする側と反対側の足を一歩前に出して、ターンする足を進行方向に踏み替える。 この場合、急斜面ならピッ
ケルのシャフトを打ち込んで 支点とすること。
《アイゼン歩行については、足の曲がり方、踝や膝の柔軟度には個人差があり、自分が一番やり易い方法を実地
で会得することが重要。但し、基本はフラットフィッティング》
《雪山では特別な場合を除いて、軽アイゼンを使ってはならない。これは夏期の急雪渓でも同様》
(1)各部の名称 ヘッド(ピック、ブレード)、 シャフト、 シュピッツエ(スパイク)、 バンド
(2)用途 杖、 バランス保持、 ステップカッティング、 確保支点、 積極極登攀
(3)バンド ◎手首からぶら下げるタイプ ◎肩からタスキ掛けにするタイプ
(4)シャフトの長さ 50〜80cm。杖やバランス保持として使う場合には長い方が良いが、確保支点(ホールド、
積極登攀)として使うのであれば短めの方が使い易い。
(5)シャフトの材質 確保支点や積極登攀の場合には、木材はハーネス部分が弱いので、必ずメタルシャフト
のものを使用すること。
(6)形状 アイスクライミングやミックスクライミングに使用するなら所謂バナナピック、ベントシャフトが適する。
一般縦走なら通常の直タイプの方が良い。
(7)ピッケルの握り方(アイスクライミングなどの特別な用途を除けば通常は以下の4ポジション)
《ケインポジション(ステッキ式)》
(a)セルフ・ビレー・グリップ:ピックを前にしてヘッドを握る。
(b)セルフ・アレスト(停止)・グリップ:(a)とは逆にブレードを前に握る。
通常の斜面の登下降では、色々の流儀があり一概には言えないが、一般的には登高の場合には
(a)セルフ・ビレー・リップ、下降の場合には(b)セルフ・アレスト・グリップが使われているようである。
これはスリップした場合すぐにピックが打ち込めるからである。また、滑落が予想される場合にはセルフ
アレストグリップに持ち替えておいて(利き手でヘッドを握る)滑落停止動作に備えるということも行われて
いるが、必ずしもこれが最良という訳ではない。ピックを前にするかブレードを前にするかは、積雪の状態
(硬さ)、地形の状態(斜度、雪面かミックスかなど)にも因るので、一概に決めることはできない。
それぞれのケースで自分に合った最適な持ち方を経験から会得すること。
《 セルフ・アレスト・ポジション》:セルフアレストグリップをピッケルのヘッドを反時計回りに 90度回転させた握
り方。ピッケルを杖としてではなく、積極的にホールドとして雪面に差し込んで使う時に使用する(急斜面の
直登など)。
《クロス・ボディー・ポジション》 :斜登高・斜下降の場合に山側にスパイクを突く時など
《ダガーポジション》 (ダガーとは「短剣」の意) 堅雪や急斜面ではシャフトは深く差し込めないので、ピックを
突き刺して支点 とする。斜面の緩急により持ち方が異なり、ロー・ダガー、ミドル・ダガー、ハイ・ダガーの各
ポジションがある。 (図−1にピッケルの握り方を示す)
(図ー1 ピッケルの握り方。左よりセルフビレー・グリップ、セルフアレスト・グリップ、セルフアレスト・ポジション、
クロスボディーポジション)
(ダガー・ポジション。左よりロー・ダガー、ミドル・ダガー、ハイ・ダガー)
滑落はスリップが原因。スリップしたら、なりふり構わず早く止めることが肝腎。 スリップと同時に反射的動作で
ピッケルのピック又はシャフトを打ち込む。 また万が一ピッケルが無い場合でも、靴底で減速することも可能。軟ら
かい雪なら腹這いになって、腕で雪を抱え込むようにしても減速できる。開脚も効果がある。これらは反射的動作
でなければ効果が無い(図―2滑落停止の方法・その1)。要は、スリップした途端に止められるかどうかが生死を
分けると言っても過言ではない。
『滑落停止姿勢に入る』などというのは、上記のようにしても停止できなかった場合の最後の方法であって、『滑
落停止姿勢に入る』前に止めるにしくはない訳である。
《滑落停止訓練では、ある程度滑落してから滑落停止の動作を行うが、実際に滑落した場合でもこのような手順
を踏んで滑落停止動作をするものと勘違いする人がある。このようなやり方では、実際に滑落した場合には絶対
に停止できない》(図―3〜4滑落停止の方法その2〜3)。
以下、ピッケルを使った滑落停止の方法について述べるが、その主な意義は、『自分は滑落しても停止できる
技術があるという自信が未然にスリップを防止する』こと、『雪に慣れ親しむことによる安心感がスリップを防止す
る』ということにあることをご理解下さい。
また、滑落停止技術の習得もさりながら、その前にスリップしない登り方に習熟することがより一層重要。
《スリップの原因》
◎アイゼンでの雪面や衣服・用具へのヒッカケ ◎アイゼン団子 ◎アイゼン不完全装着・脱落
◎体力消耗による疲労からの注意力・行動力の低下 ◎地形、雪質、気候の変化による状況判断ミス
◎斜面への不安感・滑落の恐怖感によるバランス喪失。
くどいようであるが、スリップした瞬間に止められず滑落が始まったら、余程の僥倖が無い限り、滑落停止は不
可能に近いということを肝に銘じておくべきである。とはいえ、滑落停止の技術をマスターしておくことは、万が一
の場合、また上記の観点からも大変重要であることは論を待たない。 (最後まで、“止める”、“絶対止まる”とい
う希望を捨てずに頑張り続けること。下部に、樹木の穴ボコ、吹き溜りや緩斜面があるかもしれないから)。
以下、従来から行われていた滑落停止訓練のスタンダードな方法を述べるが、これはあくまで上記の理由に
よるものであって、実際には滑落の瞬間にピックやブレードやシャフトを打ち込むなりしてなりふり構わず止める
ことが優先される。
利き手でブレードを前にしてヘッドを握り(セルフアレストグリップ)、反対側の手でシャフトを持つ。シャフトを握る
位置はヘッドから20cm程度。
◎頭が上になった滑落の場合・・ヘッド側に身体を反転して俯けになり、シャフトを身体側にねじ込みながら、脇の
下に締め込んで、身体の反転 の反動と体重でピックを打ち込む。ブレードの位置は肩甲骨の位置。身体を反
転させる方向は、ヘッドを持っている手の側へであり、逆方向(シャフトを握っている手の方向)への反転は制動
不能になり不可。身体を反転させる 際、シュピッツエ側の膝を曲げて反転すると反転動作がスムーズ。
(注意) 腕力や腹筋力でピックを打ち込むと、手が伸びてヘッドが頭上に延びてしまい制動不可能となる。身体の
回転の反動と体重で打ち込むことがポイント。
(a)アイゼンを装着している場合は、爪先を上げてアイゼンが雪面に引っかかることによる身体の縦方向の回転、
滑落方向の変化、捻挫や骨折などを防止すること。
(b)停止後は足場を確保し、精神的に落ち着いてから、ピックを抜いて3点支持で立ち上がる。(図―3滑落停止の
方法・その2)
◎頭が下になった(腹這い)滑落の場合・・ピックを体側(横側)に打ち込み、これを支点にして、右手にヘッドを持っ
ている場合は時計回りの方向に身体を回転させて頭を上に持ってくるようにする(左手にヘッドを持っている場合
は回転方向が逆になる)。
なお、頭が下で仰向け滑落の場合 の図も示す(図―4滑落停止の方法・その3)。 どのようにバタバタしても
良いから、とにかく早く頭を上側にもってくること。 以後の動作は頭が上になって居る場合と同様。
(図ー3 滑落停止の方法 その2。本図及び次図のみ参考文献(9)“Mountaineering”より引用)
(1)ワカン本体・・籐製、アルミ製 バンド・・・固定式、一本締め
(2)潜りが膝下までの時・・・後足を前に出す時他の足のワカンに引っかけないように、外側から廻し込む。
膝くらいの時・・ヒザで雪面を固める⇒その上にワカンを載せて立ち上がる
膝上以上の時・・ピッケル(ストック)を横にして雪を掻く⇒ヒザで押し固める⇒ワカンを載せる。
以下、この動作を繰り返す。
※雪崩の危険がある場合はワカンを外す方が良い場合もある(足枷から逃れるため)。
立木、岩角などの自然物利用以外に、雪山特有なものとして、ピッケル、スノーバー(ピケット)、デッドマン、
スノーボラード、ポール・木の枝・ブッシュ束埋め込み、雪を詰めた袋などで作るスノーアンカーがある。何れも
下方ブロックの雪を踏み固めることが最も重要。スノーボラード、ブッシュ(枝)埋め込みなどに結束するスリングは
長めにしないとアンカーが破損され易い。
生きた樹木を使うこと。幹にスリングを結びつける場合には、できるだけ根元の部分にガースヒッチで行い、
巻き返してスリングが滑らないようにしておく。特に雪圧で寝た幹や枝に結束する際には、スリングが滑って
抜けないように、プルージックか巻結びで結束すること。細い枝でも生きている枝なら、束ねると相当な支持
力が得られる。その場合には枝の幹に近い部分から先端にかけて同じスリングで何箇所かクローブヒッチを
連続して結びつける(図―5)。
岩自体がしっかりしているかどうかのチェック。ピナクルなどを利用する場合は長めのスリング(ダブルサイズ、
トリプルサイズ)を持参すること。また結び方はピナクルの形状により異なる(図―6)。尖った三角形のピナクルを
クローブヒッチやガースヒッチなどで結ぶと、張力でスリングが上に競りあがってスッポ抜けるので大変危険
(こような場合には被せただけの方が安全)。一般的に岩に掛ける場合にはロープスリングよりテープスリングの
方がスベリにくくて耐尖性も高いのでより安全である。
まず、スノーアンカーを埋め込む部分(特に下方斜面)の雪を踏み固めて圧雪することが鉄則(0.5〜1m四方程度)。
スノーアンカーはこの圧雪した部分の雪の支持力で保持されるのだから。ピッケルやスノーバーはできるだけ深く
刺すこと。シャフトが刺し切れない場合のスリングを結束する位置は、ピッケルのヘッドやスノーバーの頭部ではな
く、シャフトが雪面に出ている根元で結束すること。また、結束点よりも高い位置に雪面がある場合には、雪面にス
リングが通る溝を掘って、スリングがアンカーを引っ張り抜くような方向に力が掛からないようにする必要がある。
L型棒、T型棒、楕円形パイプなどのアルミ合金の棒である。鉛直線から18度山側に寝かせて(先端を垂直に
雪面についた状態で頭部を掌の長さだけ山側に寄せればOK)、打ち込む。頭部まで入らない場合には、シャフト
の雪面根元でタイオフするが、支持力は弱い(図―7)。スノーバー自体の強度はL型よりT型の方が強い。L型の
場合には張力が掛かる方向が山折り側に掛かる方が強度は強いと言われているので、硬雪の場合には山折り
側を谷側に向けた方が多少は強度が強い(軟雪の場合には谷折り側を谷側にすると雪のブロックが崩れにくいと
言われている)が、スノーバー自体の強度に比べて雪のブロックの支持力の方が弱いので、あまり気にしなくても
よい。スノーバーは横に埋めて使う場合もある(雪が軟らかい時など)。
軟らかい雪ではスノーバーより支持力が大きい。ただ、衝撃荷重に対しては支持力があるが、継続する荷重に
対してはどんどん潜って埋まってゆくので、下に存在する弱層から飛び出す危険性もある(図―8)。
スリング(ロープ)と雪さえあれば作れるので便利であるが、以下の点に注意を要す。スリングがスノーボラードに
食い込んでゆくとスノーボラードが切られてしまうので、スノーボラードのスリングやロープが当たる部分にロープ
袋、スタッフバッグ、木の枝等 を当てて補強しておく。割り箸などでも効果がある。スリングがスッポ抜けないよ
うにスノーボラードの上側を太くしておく(きのこ型)。スノーボラードに巻くスリングやロープは長め のものを使うこと
(スリングの角度が大きいとボラードが破壊され易い)。図ー9。
(図―7 頭迄入らない場合のスノーバーの設置) (図―8 デッドマンの設置) (図ー9 スノーボラード)
生きたものなら小指くらいの細い木の枝2本程度やブッシュを束ねたものでも相当の(ラッペリングにも耐えられる
ような)支持力を出せる。テントのポールを使えば強力な支持力が得られる。 一本のスリングを使い、両端近くをク
ローブヒッチで、真ん中をハーフヒッチで締め上げる。スリングは長い物を使うこと(スリングの角度が大きいと破壊
され易い。スノーボラードの場合と同じ理屈)。(図―10)。
ロープ袋、スタッフバッグ、ザック、土嚢袋(何も無い場合にはビニール買い物袋でも可)などに雪を詰めて、埋め
込んでアンカーとする。土嚢袋が軽くて一番適している。袋以外の道具は要ないので便利。雪を袋の1/3くらいま
で詰めて空気を抜き、根元をクローブヒッチで結ぶ。次に袋の巾着になっている部分を折り曲げて再び全体をクロ
ーブヒッチで結ぶ。最後に巾着の穴にスリングの末端を通せば出来上がり。これを雪中に埋めて圧雪し、アンカー
とする。(図―11)
(図ー10 木の枝のアンカー) (図ー11 雪袋のアンカー)
【アンカー埋め込み時の注意】
◎何れのアンカーも埋め込む部分の雪(特に支持壁側)を体重で踏んで圧雪することが鉄則。
◎体重で圧雪された雪の支持力は雪面から30cm下くらいまでしか届かない。従って、埋設アンカーは深ければ
深いほど有効であるという訳ではない。それ以上深く埋めても、逆に下部にある弱層から抜け出す危険性がある
ことに留意されたい。
簡便ではあるが荷重に対してフンバリ力が弱い。従って、傾斜が緩い場所であること、墜落しても衝撃が差程大
きくない場合、本格的な確保は必要ないがコンティニュアスではやや不安が残る場合などにのみ使う確保法であ
る。特に肩絡みは姿勢が崩れ易いので、これしか方法が無い場合以外は肩絡みはできるだけ避ける。腰絡みで
はしっかりした足場を作ること(腰を落とすバケツと足を踏ん張る両足のバケツ)。制動ロープは骨盤の上部に廻す。
制動はダイナミックビレーで行い、制動側ロープを身体の前で交差させるようにするとブレーキングできる。ロープを
雪のエッジなどに食い込ませると摩擦力が増す。肩絡みではハーネスのビレーループに掛けたカラビナにロープを
通す。何れもピッケルなどで確保地点より上部に確保支点を取っておくこと。
腰(肩)絡みなどに比べて安定性があり、また素早く確保体制に入れるので、よく使われている。斜度や積雪の
状況、また好みによっても色々の流儀があるがここではその一例を紹介する。
◎アンカーを設置し、安定した足場を作る。
◎シャフトにシュリンゲを通し、ピッケルのシャフトを完全に元まで刺す。シュリンゲの長さは短い方が良い(環の
長径10cm程度)。長過ぎると制 動が効きにくい上、張力の方向が斜めに逃げて身体が屈曲する原因となる。
◎両足(又はフンバル方の片足)でヘッドを踏みつけ、シュリンゲにカラビナを掛けてロープを通す。(谷足[ふんば
る方の足]だけでヘッドを踏みつけ、山足はバランスをとるだけという方法も行われている。また足をヘッドに載
せるのではなく、シャフトに通したシュリンゲを踏みつける方が良い場合もある。ヘッドを踏みつけるとアイセンを
履いた靴が滑る場合がある)
◎セカンドを確保する場合は、シュリンゲは谷足の外側から、トップ確保の場合は両足の間から出す。
◎メインロープは肩絡み。トップ確保時の場合の制動手は谷手、セカンド確保の場合は山手で制動をかける。
(トップ確保の場合、山手を制動手 にすると足元にロープが交差して混乱したりキンクして流れず、支点を破壊
することがある)。
◎リーダーが滑落したら、リード側の余分なロープをたぐり寄せ(墜落でない限りそのくらいの時間的余裕はある)、
充分に(10mぐらい、流し過ぎと感じるくらい)ロープを流して徐々に制動を掛けて止める。上手く制動すれば確保
者には殆どショックが掛からない。急に止めるとショックで確保者の身体が屈曲したり、支点が破壊される場合
がある。(ただし、確保ロ―プに余裕が無い場合や、滑落する直ぐ下に露岩や崖がある場合は、この限りではな
い)。上記の理由から確保側のロープには10m以上の余裕を持たせておくこと。
◎衝撃荷重はフンバリ軸足に鉛直下向きに掛かる。従って、確保者の身体が斜めに傾いたり、背中や足腰が曲が
ると衝撃に対抗できず引きずり込まれる。直立した姿勢を崩さずフンバルこと。このため利き足だけをヘッドに載
せ、他の足でバランスをとるやりかたもある。
◎制動は、ロープを強く握るのではなく、ロープを身体の前に廻し込んで摩擦を増す要領で。
雪中露営場所としては、テント、雪洞、イグルーなどがあり、また緊急シェルターとして利用する場合には、これ
以外にツェルト、スノーマウント、大木の根元の穴ボコ、岩陰などがある。これらは、通常の露営だけでなく、サバ
イバルにも有効である。ここでは、雪洞、イグルー、スノーマウントについて説明する。
(1) 雪崩の危険がない場所 ⇒雪庇の下、吹き溜まり、急斜面、明確な谷筋や沢は非常に危険。斜度30度以下
の比較的なだらかで樹木のある斜面は比較的安全か。
(2)風向⇒主風向側は一般に積雪が少なく掘りにくい。主風向の風下側は積雪が多く掘り易いが、雪庇や雪崩
の危険が多い。主風向風下側の稜線直下の段丘状地形は比較的雪崩の危険が少なく、雪洞設営の適地で
ある(例。谷川連峰・天神尾根田尻沢ノ頭付近の稜線南西側など)
(3)十分に締まった積雪が3m程度以上ある場所(居住性、天井強度の必要上)
(1) 必要があれば、あらかじめ天井部分に当たる雪面を踏んで締め、天井部分を強化しておく。
(2) 斜面を1.5mほど垂直に切り出し、この部分を入り口とする。掘る時に同時に雪質をチェックすること。(吹き溜ま
り斜面では弱層が残り易い。このような時は場所を変えること)
(3) 入り口を数十cm〜1mぐらい堀り進み、奥の生活スペースを掘る。堀り進むうちに空洞や亀裂が現れたら、危
険であるから直ちにその場所を放棄すること。
(4) 床面積は200cm×70cm(1人当たり)必要。高さは約1.5m。掘り出した雪の排出を容易にするためには、入り
口付近から奥にかけて上向きに角度をつけて掘る。天井強度の関係から大きさは4〜5人用(奥行き2m×幅3m
×高さ1.5m)が適当。
(5) 掘り出した雪の排出には入り口にシートかツェルトを敷くと比較的楽に排出できる。
(6) 以上の堀り出しはスノーソーと大きめのスノーシャベルを使うと効率的である。スノーソーで切れ目を入れ(水
平方向と対角線方向にそれぞ れ30/45cm角)、シャベルでこじり取る。
(7) 内壁はドーム状に仕上げる(強度保持)。また隅に排水溝を掘ると良い。天上のデコボコはコッヘルの蓋などで
スムースに削ること(水滴落下 防止)。壁に棚(ニッチ)を造ると物を置いたり、ローソクを立てたりするのに便利
である。
(8)入り口はブロックで塞ぎ、ツエルト等を張って寒気の流入を防ぐ。
(9)換気の為に、天上にピッケルのシュピッツエなどで穴を開ける場合もある。
(10)雪洞の位置が分かるようにワンド(旗竿)を立てておく。
(11)以上の作業は鋸で切れ目を入れる人、スコップでこじ取る人、排出する人など作業分担をすれば効率的である。
(12)作業の服装 雪で濡れ易いので、ゴアテックスのヤッケ、オーバーズボンやレイウエアなどを着用して作業する
と良い。
(13)トイレ用の雪洞も別途必要
(14)使用済み雪洞(イグルー、スノーマウントも同様)は埋め戻しておくこと。
図―13に雪洞の堀り出しの様子、図―14に雪洞の一般的な形を示す。
(図―13 雪洞の掘り出しの様子) (図―14 雪洞の一般的な形)
積雪量が充分でない場所や雪洞には不向きな平坦地や緩斜面などでは、イグルーが適している。
(1) 積雪量が1mほどあれば構築可。雪崩の危険性が少ない場所に構築できる。
(2) 切り出すブロックは日時を経過した堅い雪ほど良く、強度や粘着性が大。軟雪の場合は踏み固めて時間をお
くと硬化する。
(3) 4人用ぐらいの大きさが適当(内径2mの大きさ)。床の形は正円が構造的に一番強いので、できるだけ正円に
し、凹凸も無くする。
(4) 切り出すブロックは概ね縦35×横25×高さ25cmぐらいとし、形を均一にノコギリで引き、スコップで同じ厚さに
切り出す。
(5) 作業はブロック切り出し係、運搬係、構築係に分担。構築係は中に入って積み上げてゆく。一段を横に一周
積み上げたら、全体の上面を平 均して滑らかに削り取る。この時上面をやや内傾させてドーム型にする。天
井部分を巻き上げた最後の穴には楔形のブロックをしっかりと嵌め 込む。壁の隙間には雪を詰めて塞ぐ。
(6) 積雪が深い平坦地であれば、縦穴式雪洞(下部)+イグルー(上部)も良い。時間と手間が節約できる。
(図―15 イグルーの構造(左)、ブロックの切り出し(右))
比較的短時間で構築でき、しかも強度も出るので緊急シェルターとしては適している。平坦地に構築できる。
3人が入れる程度のマウントなら3人で作って1時間以内で構築可能。
(1)幾つかのザックを円形に並べる。この時雪面レベルではなく、雪を台地状に積んでから、その上にザックを並
べると更に大きなマウントを作ることができる。
(2)並べたザックの上にツエルトやシートなどを被せ(なければそののまま)、雪を積み上げてドーム状にする。
積み上げる雪の厚さは30〜50cm。この時裾野にも十分な雪を積むこと。積んだ雪は踏んだり蹴ったりして
固めること。
(3)入り口に当たる部分に縦穴を堀り、そのまま内部に掘り進んで、ザックを取り出す。(4)必要に応じて堀り拡げる。
(1) 雪洞は酸欠になり易い。換気に注意すること。ローソクが消えそうになったり、マッチがつきにくくなったら危険。
直ちに新鮮な外気を取り入れ ること。
(2) バーナーを燃やし過ぎると、雪洞内の温度が上昇して雪が緩み、雪洞が崩壊する虞がある。照明はヘッドラ
ンプやローソクで。雪洞内の温度を上げ過ぎないように(人がいるだけで充分)。
(3) 水は壁の雪を削って溶かせばすぐに得られる。
(4) 水の中に居るのと同じであるから、濡れ防止に心がける。濡れてはならない装備は、ビニール袋などに入れて
防護すること。特に濡れた革 靴やスパッツのジッパー部分などは就寝後は凍結するので、凍結してはいけな
い物はシュラフに入れること。
(5) 降雪時には埋まってしまうことがあるので、ピッケル、アイゼン、スコップ、スノーソーなどは手の届く室内に入れ
ておくこと。また、降雪量が 非常に多い時は、斜面の上から雪が滑り落ちてくることがあるので、定期的に外
に出て状況を観察し、必要があれば除雪を行うこと。(雪洞内 は外界と遮断されているので、外の様子が分かり
にくい)。
(6)雪洞は斜面に掘る場合が多い。用足しなどテントシューズ(象足)のままで外に出ると滑落の危険大(谷川岳・
熊穴沢頭、400m滑落事故の例)。トイレ穴までフィックスロープを張っておくこと。
◎積雪がある斜面(雪崩れる範囲に斜面がある)では、条件さえ揃えばいつでも何処でも雪崩れる危険性がある。
(例。1996年1月、八ケ岳・中 山乗越・ルンゼ状斜面でハイカー1名死亡。ここは赤岳鉱泉から中山乗越側へ
わずか400m程しか離れていない何ということもない通常ルー ト(赤岳鉱泉→行者小屋への路)脇の緩やか
な小さな斜面であった(但し上部に広くて急な斜面あり)。
◎雪崩事故(雪崩発生総数ではない)のうち8〜9割は人為的発生雪崩である。
◎雪崩れる要件・・・地形(傾斜、立木などの有無、植生の状態)、積雪層(積雪の変化→弱層の形成)、外部から
の力(人為、風など)の3要素のバランスが崩れれば、容易に発生する。この3ツを雪崩のトライアングル・プロフ
ァイルという。即ち、斜面に雪が積もり、この雪質が内部で変態 して弱層を形成し、弱層の支持力が上載積雪
の重みに堪えられなくなると雪崩が始まる。また、かろうじてこのバランスが保たれて居る場合に、そこに衝撃
力(人が踏み込むなど)が加わるとバランスが崩れて雪崩れる(図ー18)。雪崩は衝撃が加わった地点から雪
崩れるとは限らない。最近の雪氷学の研究によれば、斜面下方に加わった衝撃が遥か斜面上部の一番弱い
弱層まで伝わり、そこから雪崩が発生すると言われている。上記の八ケ岳の例もこの可能性が高い。二人の
ハイカーが道を少し外れて斜面に僅かに踏み込んで座った直後、その衝撃がルンゼ上方斜面の弱層を刺激し
てルンゼ上部から雪崩れたと考えられている。
◎雪崩の種類 (図―19)
点発生、面発生(発生地点の形状)、表層、全層(すべり面の位置)。全層雪崩のみ前兆(皺、亀裂)。春先の底雪
崩(全層)は大規模であるが、発生場所はだいたい決まっているので避けることができる。(雪崩は規模の大小
を問わず、巻き込まれると埋没死の可能性が非常に高いので小規模といえどもあなどってはならない)
◎斜度・植生・・最小傾斜は10度くらい。30度〜45度の斜面が一番危険。樹木が生えていない斜面は頻発地帯。
細い木だけの斜面も過去の雪崩の通路。細い白樺だけの斜面も雪崩通路。
◎地形、斜面の向き・・吹き溜まりや雪庇の発達場所は危険地帯。風向で言えば、風下側斜面が風上側より高
い(風下:風上=6:4)。北側斜 面は日射などの影響を受けにくいことから、積雪が焼結しにくく雪が締まらな
いから南側斜面に比べて雪崩の発生が多い。
カール状斜面は危険。狭くて急な谷筋では積雪が少なくても、上部に広い斜面がある場合は危険地帯と考える。
山行中に見たデブリ跡などの流路を観察することは良い勉強になる。また、雪崩地図などで目的の地域で過去に
発生した雪崩事例をチェックしておくこと(登山ルート上の雪崩発生地点地図については、稿末参考図書(5)、(6)
等に掲載されて いる)。
◎雪崩の到達範囲(危険区域)
表層雪崩・・・見通し角18度(高橋の18度法則、 図―20)。これより後方は一応安全区域とされている。
全層雪崩 ・・・同 24度
◎天候と雪崩・・風速10m以上で危険。降雪は20cm/日以上で危険。降雨中、大量降雪中は危険。
泡(ほう)雪崩。黒部第3発電所の難工事を描いた吉村昭の小説「高熱隧道」には、不安定の極に達した雪庇が
1000mの斜面を落下し、巨大な爆風(泡)を発生。その爆風の通り道にあった工事宿舎を、比高78mの山を飛び越
えさせて600mも先の奥鐘山の大岩壁に叩きつけた事故が描かれている。中で寝ていた84名全員が死亡するとい
う大惨事となった。雪崩れた雪圧自体ではなく、雪崩によって発生した爆風による被害であった。この風速は秒速
1000mと推計されている(巨大台風でも秒速70m程度)。最近では、2006年の岳沢ヒュッテ崩壊も泡雪崩による
被害と推測されている。
降った雪は積もった後に変化する。圧密、蒸発、焼結、積雪内部の温度勾配、水の関与。この過程で弱層が
できるのである。温度勾配 は地表面(0度)と積雪表面との温度差などにより発生する。「焼結」とは雪や氷が
マイナス温度で結合することをいう。雪の融点は0度であるが、マイナス20度程度は固体の雪にとっては「灼
熱」の状態と言える。融点に近いので固体から液体に移相し変形しやすい。雪の上を歩いていることは変形し
易いものの上を歩いているのと同じ。
◎霜ザラメ雪
積雪内部の温度勾配が大きく対流が起き易い層で発生する。即ち、積雪内部の水蒸気が「霜」となって付着
した層である。アイスバーンのすぐ下などに出来易い。ハイマツの中に積もった雪もこれになる。中が空洞に
なったワイングラス状の結晶で、大きなものは1cm角くらいになり、握っても固まらない。ザラザラ、ボソボソ。
「ザラメ」という名称が付いているが、実態は「霜」が原因。積雪層の中には常に存在している一番危険な弱
層であり、表層雪崩の80%はこれが原因であると言われている。
◎広幅六華結晶(新雪) 風が無い夜に降る大きな結晶、雪印のマーク。凝結力がない。握り拳が入る。
◎表面霜
放射冷却によって積雪表面に縦に成長した霜。朝日にキラキラ輝いているもの。この上に降雪があると雪崩
れる。羊歯の葉状の霜の結晶。吹くと飛び散る。
◎濡れザラメ雪 ザラメ雪の中に降雨などで水分が入り込んだもので灰色がかっている。指が入る。
◎アラレ
◎ザラメ雪 指は入らないがバラバラ崩れることがある。低山では安定。高山では雪崩れる。
(1)断面観察・・スコップで積雪層中にピットを掘ったり、角柱断面を切り出して観察する。
多くの異なる層が重なっていることが分かる。上から順番に指を差し込んだり押したりして雪の硬さを調べる。
(訓練には良いが、実際の山行 中では時間がかかるので実用的ではない)。
(2)弱層テスト・・弱層テストの方法は、ハンドテスト、コンプレッションテスト、スクラムジャンプテスト、 スキージ
ャンプテスト(ルッチブロックテスト)などがあるが、ハンドテストとコンプレッションテストを除けば何れも時間
が掛かるので、実際の山行では実際的ではない。短時間ですぐできるハンドテストとコンプレッションテスト
が簡便である。一般論で言えば、その場限りの1回だけの弱層テストをしても雪崩れるかどうかを判断する
のは困難かつ危険である。山行中に度々テストする訳にもいかない。日頃から雪に慣れ親しんでおいて、
雪の勘を養っておくことが肝要であろう。通常と違う雪の感覚があれば要注意ということである。この意味で、
簡便にできるハンドテストやちょっとした小休止の際に度々雪に触って感触を調べることの方が重要になる。
(3)ハンドテスト (図―21) 5分間で行える。
登山者の荷重が積雪に与える影響範囲は足が潜った位置から下に 40cm程度であるから、円柱の高さは潜
った位置から40cm以上必要。立 木などから離れた目標方向の斜面で行うこと。円柱の直径は30cm。
円柱は鉛直に切り出すが、引っ張りテストをする方向は斜面と並行に引くこと。足場が低くないと、引っ張る
方向が上向き乃至は水平になり、円柱が根元から折れてしまうので、足場を低く掘り下げること。引っ張る順
番は上側から。また、力を掛ける順番は、手首、肘、 肩、腰の順。
しかし、現実の登山行程ではシャベルを使うハンドテストをしょっちゅう行うのは非現実的である。シャベルを
使わず手だけで掘れる円柱だけで回数多くテストする方が現実的である。(この方法は雪質に馴染むという意
味でも効果が大きい。 いつもと違う雪質だナという判断ができれば、それだけでも、リスク回避の役にたつ) 。
但し、ハンドテストは次項のコンプレッションテストに比べて主観性が大きい。
≪ハンドテスト 判断基準≫
『安定』・・・腰を入れて引いても崩れない・・・・安全
『ほぼ安定」・・・肩で引いたら崩れた・・・・・ほぼ安全
『やや結合状態が悪い』・・・肘で引いたら剥がれた・・・・やや危険
『結合状態悪い』・・・手首だけで引いたら剥がれた・・・・危険
『非常に悪い』・・・円柱を掘り出したら崩れた・・・・非常に危険
(図ー21 ハンドテスト。実際にはもっと腰を落として、斜面に平行に引くこと)
(4)コンプレッション・テスト(5分間で行える。ハンドテストに比べて客観性がある)
幅・奥行き30cm、深さ70〜100cm程度の角柱を切り出す。幅・奥行きはショベルの大きさに合わせる。
背面はスノーソーなどで切れ目を入れるだけでも可。角柱の頭にショベルを置き、手首、肘、肩の順番で、
叩いてみる。
《判断基準》
手首でズレが生じた・・・危険
肘でズレが生じた・・・・やや危険、注意
肩でズレが生じた・・・・概ね安全
(5)スクラムジャンプテスト
奥行き1.5m、幅2m、深さ1m程度のの角柱を切り出す。背面はロープなどで切っただけでも可。
数人でこの角柱の上に載ってスクラムを組み、同時に同じジャンプをして衝撃を与える。
《判断基準》
載っただけで崩れた・・・非常に危険(行動不可)
屈伸で崩れた・・・・危険(行動不可)
ライトジャンプで崩れた・・・やや危険(注意)
ヘビージャンプで崩れた・・・・概ね安定
数回のヘビージャンプで崩れた、or 何度やっても崩れなかった・・・安定
(6)ルッチブロックテスト(スキージャンプテスト)
スクラムジャンプテストと同様な角柱を切り出す。
上部にスキーを履いて載り、衝撃を与える。
《判断基準》
載っただけで崩れた・・・・事情に危険(行動不可)
屈伸程度で崩れた・・・・危険(行動不可)
ライトジャンプで崩れた・・・・やや危険(注意)
ヘビージャンプで崩れた・・・・概ね安定
参考までにJ.W.A.Fによる雪質と硬さ、弱層になるかどうかの目安を以下に掲げておく。
雪質 | 硬さ | 弱層になるか否か |
新雪 | 握り拳が入る | なる |
こしまり雪 | 1〜4本の指が入る | なることもある |
しまり雪 | 1本指が全部、第一関節 | ならない |
ざらめ雪 | 指は入らない | 濡れザラメ雪になると、なる |
こしもざらめ雪 | 強く押すと指が入る | なる |
しもざらめ雪 | バラバラと崩れる。固まらない | なる |
氷板 | 指は入らない | ならない |
表面霜 | 吹くと飛び散る | なる |
クラスト | 指は入らない | ならない |
あられ | 指は入る | なる |
非常に軟らかい・・・・手袋をした手が入る。記号F(Fist)。
軟らかい・・・・・・・・・4本の指が入る。記号4f(four fingers)
普通・・・・・・・・・・・・ひとさし指1本だけ入る。記号1f(one finger)
硬い・・・・・・・・・・・・鉛筆なら入る。記号p(pencil)
非常に硬い・・・・・・ナイフしか入らない。記号k(knife)
(1) 雪崩れる危険性がある斜面に入らない(しかし、そうもゆかない)。
(2) 雪崩が予測される地点では、積雪に集中荷重を掛けない。団子になって通過しない。一人づつ通過する。
他のメンバーは通過者を常に監視しておく。例えば、ラッセルする場合にはトップに繋がって行動し易いが、
この場合も間隔を開けるのが望ましい。積雪に衝撃を与えないように静かに通過する。
(3)雪崩が起きるような悪天候下では行動しない。
(4)疎林帯や白い斜面ではなるべく樹木を繋ぐようなルートを取る。
※雪崩の危険が大きい場所を通過するときは、万が一巻き込まれた場合に手かせ足枷になるようなもの(ピッ
ケルやスキーストックのバンド、ザックのウェストベルトなど)は予め外しておく。ワカンやスノーシューも外して
おいたほうが良い場合もある(装着しておいた方が逃げ足が早いが、これはケースバイケースで判断する)。
危険斜面はスキーでは通過しない。また、衣服内への雪の侵入を少なくするために、アウトジッパーを全て
閉めておく。
(1)少しでも流心から外れるように手足を動かす。流れが停まる前に手を顔の前でバタバタ動かして呼吸空間を
確保しておく。所謂“泳げ”という行為は浮き上がる為ではなく、流れが停まる直前まで手が動いて呼吸空間
が確保できるからということに意義がある。何もしないで流されるままにするのは最悪。
(2)呼吸は、胸郭を膨らませることによってなされる。上述の口の周りの呼吸空間の確保と同時に、胸郭が膨ら
む空間を作っておくことも大変に重要なことである。そのためには、横に腕を開いて掌で口の周りを覆うのでは
なく、胸の前に腕をもってきて、掌で口の周りを覆うようにすることが肝腎。
(3)埋没者は酸素不足になっている。大声で救助を叫ぶことはそれだけ酸素を消費することであり、大声で叫ん
でも雪上の救助者に聞こえる筈もないから、「必ず助けてくれる」ということを信じて静かに救助を待つ。「酸素
不足になる」という意味は、呼吸空間が狭い場合、自分が吐いた吐気の二酸化炭素をそのまま吸い込むため
である(アイスマスク)。デブリの中でも空気は外気の 60%は存在しているので、呼吸空間さえ確保されてい
れば当座は窒息することはない。但し、(2)で述べた胸郭のスキマは必要。
埋まった最初の15分が勝負。15分迄に掘り出せば生存率は93%。25分で埋没者の半数が死亡、45分で
74%、2時間経つと殆ど100%が死亡する(スイスでの調査統計による)。通例、埋没者は最初の5分で意
識喪失(これは逆に低代謝で酸素摂取量が下がるので、限られた酸素を有効に使う結果となる)、10分で
脳にダメージ受ける。以後低体温症。
最初の15分間が勝負と書いたが、最後まで発見を諦めてはいけない。上記調査では60分経過後でも26%
の埋没者は生存確率がある。また、低体温症は生命維持機能の裏返しであって、代謝機能が抑制されるか
らそれだけ低体温状態で長時間の生存を可能にする訳でもある。2時間後に救出され助かった例もあるし、
モンブランのクレバスに落ち込んで16時間氷漬けになった後救出され、生還した例(日本人登山者)の例もあ
る。
5分間で埋没者の位置を特定し、10分間で掘り出せれば理想的であるが、これはことほど左様に簡単では
ない。特に、堀り出しは掘り出し人数が多いかどうかが勝負の鍵。以下、捜索、掘り出しの手順を説明する。
雪崩に遭遇した地点(遭難点)及び埋没者が見えなくなった地点(消失点)を覚えておくことが重要である。
地形・樹木などとの対比で覚えておかないと、白一面の雪面やデブリでは記憶が曖昧となって特定できない。
(「アバランチ・トランシーバー」は日本では所謂「ビーコン」と言われているものですが、元来「ビーコン」という
名称は発信機だけを指すので実は正しい名称ではありません。国際的にもアバランチ・トランシーバーまたは
アバランチ・レスキュー・トランシーバーという呼称が使われています。従って、ここでも「アバランチ・トランシー
バー」または略して「トランシーバー」という名称を使います。日本では「トランシーバー」は無線機を指しますの
で、ちょっとややこしいのですが、ご注意下さい。因みに無線機の意味の「トランシーバー」は国際的には
handheld radioと呼ばれています)
■埋没の可能性が高い地点は、デブリの末端、デブリが堆積している部分(屈曲点の外側)、傾斜が変化する
地点、樹木や岩の下流側周辺であるので、まずこの地点に注目する。
アバランチ・トランシーバーでの捜索に入る前に、遭難者の体の一部が露出していないか、遺留品が出ていな
いかなどを調べることが重要である。また、2次雪崩の発生に充分注意すること。
■テンデバラバラに行動しても混乱するだけで効果がない。人数がいれば、まずリーダーを決めて、リーダーが
各人に役割を割り振ることが重要。役割は見張り、パトロール、アバランチ・トランシーバー役など。
(1)埋没位置はアバランチトランシーバー(所謂ビーコン)でゾーンを特定し、最後はプローブ(ゾンデ棒)を刺して確
定する。(アバランチトランシーバーだけでは絶対に埋没位置を確定できない!!。どんな高級機であっても、
埋没者の近傍に近づけば電波受信の強弱確認が困難になるからである。捜索にはアバランチトランシーバー
とプローブを併用することが鉄則である)。
(2))アバランチトランシーバーの電波はドーナツ状に発信されているから、発信電波と受信側のアバランチトラン
シーバーが並行になっている時 が一番感度が良い(図―22)。
(3)この特性を利用して大まかなゾーンまで絞り込むのが「電磁誘導法」である。ピンポイントまで絞り込んだら
「クロス法(直角法)」に切り替える 。この方法で1m四方程度まで絞り込んだら上記のプロービング(プローブ
で刺す)に切り替える。
(4)パーティーが雪崩に巻き込まれたら、モタモタせず即座にアバランチトランシーバーを取り出し手に持って、
受信モードに切り替える。
(5))電磁誘導法 (図―23)
受信レンジを最大レンジにセットし、トランシーバーを左右にゆっくり振りながら、ピープ音が大きくなる(発光ダ
イオードの数が多く点滅する)方向を探す。電波の発信間隔は0.8〜1.2秒であるから、左右に振った時には少
し時間をおいて音と発光をチェックすることがコツである(振った位置で暫く留めてから感度をチェックする。メリ
ハリ)。早く振ると発信電波を取り逃がすからである。一番感度が大きい方向へ取り敢えず走る。約5mおきに
トランシーバを左右にゆっくり振って感度をチェックし、進路を修正する(感度が強い方向を拾って進む)。受信
音と発光ダイオードの数が最大になったら受信レンジを下のレンジに切り替える(LEDが一つ点滅するレンジ
まで下げる)。以下同様な手順を繰り返す。(レンジが無 いトランシーバー<解析タイプなど>はレンジ切り替
えをする必要が無い)。また、解析タイプでは矢印で埋没方向と凡その距離を示してくれるから、その方向に
走る。
(6)ピンポイント捜索
電磁誘導法で埋没者ゾーンまで近づいたら、クロス法に切り替える(図―24)。レンジは最小レンジ(0〜2m)。
クロス法はトランシーバーを前後に動かして感度が最高になる位置をマークし、この地点で捜索方向を90度変えて
やはり感度が最高になる地点を探す。ここが埋没者の極く近傍となっている。90度方向を変える時にもトランシーバ
自体の方向は変えない(最初の直交線と同じ方向で左右に振ること)。ピンポイント捜索は、トランシーバーを雪面に
つけて行うこと(そうしないと電波が拾えない)(図―25)。近傍に近づいてから感度が消えた場合は、最小レンジ幅
より埋没位置が深いのであるから、もう一度上のレンジに戻して一番感度が良い地点を再度探り、その場所の雪を
掘り下げて再度低い位置からピンポイント捜索をやり直すこと。(埋没者の深さは1.2〜2m程度が多い)。
(7)プロービング
アバランチトランシーバーでピンポイントまで絞り込んだら、プローブ捜索に切り替える。埋没者に一番近いと思
われる位置に真っ直ぐに刺す。プローブを片手で刺すと斜めに入ってしまうので、両手で持ってまず鉛直に落とし
てから刺すと真っ直ぐに入る。ヒットしなければ規則的に(枡目で)探ってゆく。人をヒットしたと感じたらそれ以上は
刺さない。ヒットしたら、そのプローブはそのまま刺しておく(抜いたら折角ヒットした位置が分からなくなってしまう)。
身体部分の位置などを確認するために更に刺したい場合には、別のプローブを刺すこと。プローブの下から2番目
の段にマーキング(赤ペンキで塗るなど)をつけておくこと。即ち、このマークが現れるまでは遮二無に掘ることがで
き、このマークが現れたら埋没者を傷つけないように注意深く掘ることができるための目印である。
(8)捜索中は2次雪崩に注意。また、捜索に入る前にその危険がないかどうかを注意深く確認することが2次遭難
を無くす唯一の方法である(遭難者を増やす勿れ!!)。捜索中は人数がいれば、見張り役をつける。2次雪崩が
発生したら、即座にトランシーバーを発信モードに戻し、現場から離脱すること(受信モード設定後一定時間後に
自動的に発信モードに戻る機種や、装着することによって発信モードに戻る機種もある)。
■予め逃げる方向を打ち合わせしておくことが重要。
(1)埋没位置が分かったら(身体の各部分)、頭から先に掘り出す(まずは、呼吸の確保が第一)。堀り出しには
スコップを使用する。埋没者が現 れたらシートを被せて掘り、外気に当てない様にする(身体の上の雪はシー
トのから掻き出す)。
(2)埋没者を掘り出したら、外気に当てないようにする(シート、ツェルト、シュラフなどでくるみ直接外気に触れ
ないようにする。更に若干の雪を被せるのも良い。急に外気に触れると心室細動を起こす。マッサージや心
停止していない心臓マッサージも厳禁(心室細動を起こす。同様な理由から、元気づけようと叩いたり、大声で
呼んだりしてはいけない。安静第一。人工呼吸心臓マッサージをする場合には通常よりもゆっくりなペースに
落とす)。温める場合は静かに添い寝するのがベター。脇の下や頸部、鼠蹊部への湯たんぽも効果的。テント
があれば、ドンドン湯を沸かして加湿高温状態を作ってその中に寝かせるのがベスト。
(3)埋没者は例外なく低体温症になっている。ケアは低体温症の処置に準じて行うこと。
(4)遭難者を抱き上げて搬送するためには、埋没者の周辺を広くかつ深く掘らないと、作業がやりにくい。穴の
底に遭難者が横たわっているような状態では搬出できないから、極端に言えば、掘り出した遭難者がテー
ブルの上に載っているような状態で、かつその周りに充分な作業スペースが確保されている状況が望ましい。
人数がいれば、掘り出しと同時に搬出路も構築しておくと良い。
(1) トランシーバーは機種によって特性、性能が大きく異なる。同一機種であっても個体差が大きい(受信距離、
感度など)。従って借り物ではなく自分自身のトランシーバーを所持して、これに慣れておくことが大切。
(2)市販トランシーバーにはアンテナが1本の物(シングルアンテナ)、2本の物(デュアルアンテナ)、3本の物(
トリプルアンテナ)があり、また、非解析タイプ(方向と距離は使用者がピープ音とLEDで判断する)と解析タイプ
(方向と距離を解析して表示)がある。一般的に解析タイプは受信距離が短く、演算に多少時間を要する (タイム
ラグ)ものが多い。また、取説のスペックに記載されている受信距離より実際は短い物もある。(例えば、スペッ
クでは70mとなっているが実際には40mしか出なかったり、50mスペックが実際には20mという物もある)。
一般的には受信距離が長い機種の方が有利ではなかろうか。
また、複数埋没を表示してくれる機種もある。
(3)電波発信の時間間隔は機種により0.8〜1.2秒である。発信間隔が短い方が有利であるが、長いものに比べ
てよりゆっくりとスイープする必要があることに注意されたい。何れのタイプを使っても、その機種の操作に慣れ
れば捜索時間はほぼ同じ。
(4) トランシーバーの装着は、雪崩に流されてもトランシーバーが離脱しないように肩と腰の2本のストラップで
装着するが、捜索モードの場合には、このタイプではストラップが短いためにトランシーバーを前後左右に振れ
る距離が短いという欠点がある。肩からタスキに吊るしてパーカーの内ポケットに仕舞っておけば、振れる距離
も長く取れ、かつ素早く取り出せる。何れにしても装着はアウターのすぐ内側に。
(5)電池は入山の前に新品と交換しておくこと。スペックではリチウム電池は使用不可となっている機種が多いが
(電源を入れた瞬間に高圧パルスが発生するから)、最近は回路も電池も改良されてきたので、実際には有利
なリチウム電池が使える機種が多い(但し機種を確認のこと)。
(6)イヤホン穴やスピーカー開口部から水分が侵入して回路を傷めるので、テープなどで防水加工しておくととよい。
(7)アバランチトランシーバーの装着と発信は、山に入ったらすぐ行い、雪崩安全地帯に下山する迄そのまま装着
しておく(夜間も)。装着中はパイロットランプ点滅(電波発信中)を念の為 に時々確認しておくこと。装着する前に、
正しく発信・受信 しているかどうかをテストしておくことを忘れないこと。
(8)動作テスト
アバランチトランシーバーが正常に機能しているかどうかを、装着時に確認しておくことが大切である。スイッチを
入れて Aは発信モード、Bは受信モードにして、Aが発信しているかどうか、Bが受信しているかどうかを確認する。
次にA、Bがそれぞれ逆モードにして、逆の場合を確認する。3人以上の場合には、これを1:nで繰り返す。スイッチ
を入れればパイロットランプが点滅する。受信モードにすれば雑音を拾ってザーという音が聞こえるので、これだけ
でもテストの一部にはなる。
大人数のパーティーでは、出発前にリーダーと隊員が正対し、
(イ) リーダーだけが発信モードにして、隊員各自が受信モードにして正常に受信できるかどうかを確認した後、
(ロ)次に、リーダーは受信モードに切り替えて、隊員を一人づつ発信モードにさせてリーダーの前を通過させて
隊員各自の発信機能を確認する。隊員は発信モードにしたまま登山を開始する。
(9)捜索場所の付近に電線(高圧鉄塔)が通っていたりすると、そこから発生する電磁波を拾って、正しい埋没位
置を示さない場合がある。また、埋没者の近傍に岩があったり(ルンゼなど)、空洞があったりすると発信電波が
反射したり曲がったりしてゴーストウェーブを発生させることもあるので注意。
(雪山での三種の神器。左よりアバランチ・トランシーバー、プローブ、スノーシャベル)
日本列島で冬期に卓越する気圧配置は西高東低型(冬型気圧配置)で、北日本や中部山岳では風雪が続き、
逆に太平洋側では好天が続く。この気圧配置は、周期1週間〜10日くらいで波を打つ。大陸高気圧が弱まると、
低気圧を伴った気圧の谷が日本付近を通過し、荒天となる。山行前の1〜2週間程度、天気図と現地の天候を
比較検討しておけば参考になる。現地の気象状況は、過去の気象観測値も含めて、気象庁のホームページに
掲載されている(全国の気象観測地点データ)。
気象庁ホームページ(http://www.jma.go.jp/JMA_HP/jma/index.html)⇒「気象統計情報」⇒
「気象観測(電子閲覧室)」にアクセスすれば得られる。山中では、天気図を作成して予測したり、ラジオの気象
通報を聞いたりして、自分で予測できることが肝腎である。特に大荒れとなる気圧配置は以下のとおりである。
日本海と太平洋の低気圧のコンビが日本列島を挟むような形で東進する場合には、山は全国的に大荒れとなる。
冬場の山岳はたいてい荒れているが、特に以下の気象については注意すること。
上記の気圧の谷が、発達した低気圧を伴って日本付近を通過する際には、大荒れとなる。これは周期約30日〜36日
くらいで繰り返されるので、山行予定日の1ケ月前くらいの気象をチェックしておくとよい。
当該山岳が二ツ玉低気圧の中間部に入って一時的に季節風が弱まったり、冬型気圧配置が緩んで弱い低気
圧が日本海に発生した場合などには、一時的な(極く短時間の)天気回復現象が見られる。 これを疑似晴天と言
い、この直後強い冬型配置に戻って一層荒れた天候が続くことになる。天気回復の兆しが持続する時間は30分
〜数時間程度という非常に短い時間であるから、騙されて はいけない。1963年1月に起こった愛知大学山岳部
の薬師岳遭難は未だ記憶に新しいところである。
冬場の山岳は強風が吹き荒れることが多い。比較的好天に恵まれる太平洋気候帯でも風は強いので注意する
こと。特に八ケ岳稜線などでは、北アルプスにも優る強風が吹くので注意されたい。この他、全国的にも強風で有
名な山岳があるので、地域の気象の特徴も調べておく必要がある。また、富士山などでは突風にも注意が必要で
ある。(耐風姿勢:ピッケルのヘッドとシャフトを両手で握ってシュピッツェを身体の前に突き、このシュピッツェと両
足で正三角形を作り、腰を落として風に耐える。風に煽られないように上体を屈めること)。
厳冬期の雪山では天候が厳しいが、同じ雪山でも3月に入れば天候も安定し始めるし、昼間の時間も長くなるの
で、登り易くなる。
雪山独特の危険には上述の雪崩の他に、雪庇の踏み抜きとホワイトアウトによるルート迷いなどが挙 げられる。
雪庇(図―26)は稜線の風下側に発達する。これは風上から吹きつける季節風が稜線を越える時に、稜線の
風下側に雪を巻き込んで庇を作るためである。雪庇の中に空洞を形成することが多い。一般的に日本の山岳で
は北西季節風が卓越しているので、稜線の南東側に雪庇ができることが多いが、尾根や支尾根の地形によっ
てはこの限りではない。風上側の斜面が緩斜面である場合によく発達する。風上が急斜面の地形では余り発
達しない。雪庇ができる場所と方向は大体決まっているので、ガイドブックなどにも記載されている。
雪庇が恐いのは、知らずにこれを踏み抜くことである。稜線を歩く時にはできるだけ雪庇方向から離れて歩か
なければならないが、どこが雪庇部分であるのかが分かりにくい。北アルプスなどの主稜線上では、北西側(風
上側)は緩斜面で樹林がある場合が多いので、できるだけ樹林のほとり(或いは中)まで下がって歩くようにした
い。樹林帯は歩きにくいので、樹木が無い稜線上に無意識の内に上がってしまうようになることが多いから、
意識して風上側を歩くよう気を付けること。
また風が身体の風上側から吹くので、どうしても風下側(雪庇側)に逃げ易いことも注意しなければならない点
である。「ブッシュやハイマツなどが出ているから雪庇ではない」と安心してはいけない。稜線に生えているブッ
シュやハイマツは往々にして稜線を越えて垂れ下がっている場合が多い。風雪下では、ルートを外れて雪庇を
踏み抜く危険性が高い。トレースに従ったら踏み抜いて墜落したというケースもあるから、日頃から自分の目で
ルートファインディングを心がける習慣をつけておくことが大事である。
ホワイトアウトとは、風雪やガスで視界がゼロになった状態である。酷い場合には、雪面と空の区別 さえつか
なくなる。このため、ルートが分からなくなって彷徨ったり(リングワンデルンク)、雪庇を踏み抜いたり、稜線から
転落したりする。風雪やガスには時折切れ目(風の息)が生じて、周りの景色が垣間見える時もある。
ホワイトアウトになったら、むやみに歩き回らず、シェルターに避難して回復を待ってから行動するようにしたい。
そのためには、ツエルトやシェルターを掘るスノーシャベル、非常食などが欠かせない装備となる。また、退却す
る時の目印として、ワンド(旗竿)を設置しながら登るとよい。
このテキストでは装備については割愛したが、以下の装備について若干触れておきたい。
高山の雪山で使うテントは3シーズン仕様ではなく、4シーズン仕様としたい。特に3000mクラスの強風山岳で
は、耐風性の良いものでなければ吹き破られる虞があり、また、耐寒性も要求される。必ず外張(レインフライで
はなく、スカートのある外張)を併用すること。本体も外張もできればゴアタイプの製品が良い。張綱もしっかりし
た物を使うこと。夏山用のペグ(特にプラスティック製)は雪中では使えない(摩擦支持力が無い)。ペグをピッケル、
ストック、スキー、スノーバーなどで代用することも可能。割竹を十字型に括って埋め込むと支持力が強い。
なお、この埋め込み竹ペグは、撤収する時、雪が凍っていて掘り出せない場合が多いので、予め捨て縄で縛っ
ておいて、この捨て縄以下を切り捨てて残置する手もある(環境保護の観点は別にして)。
緊急避難やセルフレスキューには欠かせない装備である。雪山には必ず携行するようにしたい。最近では
重さも300g以下で収納も缶ビール程度の大きさの物が販売されているので、ザックのタッセに忍ばせてお
きたい。
この雪山の三種の神器は、基本的にはパーティー全員が持っていないと万が一の場合には意味がない。
プローブ、スノーシャベルも共同装備ではなく個人装備である。
アルミ箔を吹き付けて断熱効果を高めたレスキュー用の薄いシート。マッチ箱くらいの大きさに畳んであるか
ら、ザックのタッシェに忍ばせておくと緊急時のレスキューに役立つ。冬山では必携品。
最近ではハンディー型(携帯電話程の大きさ程度)のGPSが発売されている。衛星(複数)からの電波を受信して、
位置(緯度経度、標高)を正確に示してくれる。市販地図ソフト(登山に使う場合には25,000分ノ1地図に10mピッチ
の等高線が入っているものが良い。ただし登山道の記載は無い)をインストールしておけば位置がすぐ分かる。
衛星からの電波を受信して位置を割り出すので、頭上に樹木が覆い被さっていたり、沢筋などの衛星からの電波
が届かない場所では使えない。(GPSに限らず道具だけがどんどん進歩して文明の利器に振り回されるようにな
り、人類が本来備えていた“勘” と“知恵”が薄れていくということは、登山に限らず“不幸”なことですね)
アンダーウェアは、汗発散機能がある化学繊維(ダクロンなど)、濡れても保温力があるウール,絹製品などを
着用すること。綿製品は汗や水に濡れると冷却パッドを肌に貼り付けているのと同様であるから、冬場では絶対
に着用してはけない。
ウッドシャフトに拘る人がいる。スノーハイキングで杖として使う分には問題ないが、積極的な登攀支点として使
うにはシャフト(ハーネス部)の強度がもたないから、必ずメタルシャフトを使うこと。昔のウッドシャフトは壁にでも
飾っておこう。
また、ミックスクライミングでは、シャフトがやや湾曲したもの(ただしシュピッツェはストレート形状のもの)を使うと
氷壁へのピック打ち込み支点としても、スタンディング・アックス・ビレーの支点としても使えるから便利である。
(ピッケル。上よりウッドシャフト、メタルシャフト(直)、同(湾曲)、小型バイル。用途によってシャフトの長さが
違っていることに注意)
最近は携帯電話が大流行であるが、山中ではまだまだ不通地域が多い。特に雪山では緊急救助要請や
長い間のフォーストビバークを強いられることが多いので、トランシーバーを持参したい。
オーバー手袋には大体コードが付いているが、ミドルやインナーには付いていないものが多い。風雪の中で
手袋を脱いだ時に風で飛ばされると、手の凍傷を防ぐ手立てを失うことになる。風で飛ばされなくても、雪の斜
面では滑って落下し易い。ゴム紐を縫い付けて手首に通しておく習慣をつけるようにしたい。
主要な山岳を抱えている都道府県には遭難対策協議会があり、また、都道府県警には山岳救助隊(警備隊)も
あって、山岳情報のパンフレットなどを配布している。長野県警、山梨県警などでは各シーズン毎の情報を冊子
にして配布している。主要な山岳県の県警山岳救助隊はホームページ上で最新の山岳情報を掲載しているもの
が多いので、それぞれの県警のホームページを参照して頂きたい。また、警察庁のホームページ(「生活安全の
確保」のページ)でも全国ベースの情報が得られる(ただし、各県警の情報に比べるとキメが粗いところがある)。
気象情報の取得については上述の気象庁ホームページが便利である
(http://www.jma.go.jp/JMA_HP/jma/index.html)。
高層天気図の入手は国際気象海洋(株)のホームページでも可能 (http://www.icom.co.jp)。
(1)都岳連遭難対策委員会編『山のセフレスキュー講座V「冬山レスキュー」テキスト』
(2)木本哲著『氷雪テクニック』(山と渓谷社)
(3)菊池敏之著『最新クライミング技術』(東京新聞出版局)
(4)遠藤晴行著『ピッケル&アイゼンワーク』(山と渓谷社)
(5)北海道雪崩事故防止研究会編『決定版 雪崩学 最新研究と事故分析』(山と渓谷社)
(6) 同 『最新雪崩学入門』 ( 同 )
(7)城所邦夫著『山の気象学』(山と渓谷社)
(8)文部省編『高みへのステップ―登山と技術―』(東洋館出版)
(9)Steven M.Cox & Kris Fulsaas ed. Mountaineering― The Freedom of the Hills.
7th ed. Seattle:
The Mountaineers Books,2003
(10)堤信夫著『全図解 クライミングテクニック』(山と渓谷社)
(11)遠藤晴行著『雪山登山』(ヤマケイテクニカルブック・登山技術全書3、山と渓谷社)
(12)渡辺輝男編『セルフレスキュー』( 同 登山技術全書11、山と渓谷社)
(13)M.Houston&K.Cosley"ALPINE CLIMBING:Techniques to Take You Higher"
:The Mountaineers Books,2005