T 救急法とは
「医療機関へ引き継ぐまでの応急救護」を救急法と言う。
通常街の中においては5、6分でくる救急車だが山行中においてはそのようなわけにはいきません。
よって
・より長い時間の応急手当をすることになる。
・時にはビバーク、搬送など厳しい状況を伴う。
・街中での応急処置と違い、持っているものでいかに対応するかが迫られる。
など厳しい状況に直面することになります。
U 救急法に必要なこと
・あくまで救助者の安全が第一で、二次遭難は絶対に起こしてはならない。
・生死の判定は医師が行う。
(たとえば低体温症では体温が27度に下がって仮死状態で生存した例もある。)
・事故者の状況をそれ以上悪くしないように努力する。
・応急手当を受けたあとは医療機関へ行き、診断を受ける。
・薬を飲む場合は本人が持っているか、承諾をした場合のみに限り強要をしてはいけない。
(救急法においては診断や投薬は医療行為にあたるのでできない。
が、街中と違い苦痛に長時間耐えなければならないこともあることでしょう。
鎮痛剤などを服用することもやむなし、とした場合は「いつ、なにを、どのくらい」副用したかを記録し、
医療機関へ引き継ぐようにする。)
V 救急セットの中身
最低限の処置ができるために・・(例)
・プロテクター(滅菌プラスティックグローブ)、滅菌ガーゼ、三角巾(2枚あるとよい)、包帯、
ポケットマスク(人工呼吸用)、レスキューシート(広範の外傷で被覆がまにあわないときは止血などしたあとに
清潔なレスキューシートで感染症の予防のため傷を空気から遮断する。)、ばんそうこう、消毒薬、ハサミ、
外用薬(虫さ刺され用抗ヒスタミン剤、抗生物質軟膏など)、テーピングテープ、
内服薬(胃薬、風邪薬、下痢止め、鎮痛剤など)、ビニール袋、伝令書、筆記用具など
※ 衛生用品や薬は使用期限、劣化してないかなど定期的にチェックをしましょう。
W アクシデントが発生したら?!
★SETUP
S・・ストップ ちょっと待って。冷静になろう
E・・ENVIRONMENT 周囲の状況確認。落石や雪崩の危険はないか?水流(鉄砲水など)の恐れは無いか?
T・・TRAFFIC 交通の危険は?車などが来る場所ではないか?
U・・UNKNOWN HAZARDS 見えない危険はないか?(毒ガス特に硫化水素 硫黄の匂いに注意)
→ 特に山での硫化水素の事故は重大な結果を招くので注意が必要。
たとえば倒れている人の周囲の草木が枯れている、硫黄の匂いがする、立ち入り禁止になっている、
などの場合決して近づいてはいけません。
救助は特殊な防護服などが必要になるので救助隊にはその旨を知らせ、プロテクターなしに近づいてはいけない。
P・・PROTECT SELF AND PATIENT
グローブなどのプロテクターをしてから応急手当をする。体液や血液に直接触れてはいけない。
大丈夫と思っても、目に見えない傷などから感染すると重大な結末になります。
プラスティックグローブがない場合はビニール袋を手袋に代用してもいいでしょう。
★記録をする
特に見知らぬ方を救助する場合、はじめは受け答えがしっかりしていても急に容態が変わることがある。
個人情報にかかわることでも救助隊に情報をきちんと伝えられるようにするためだということを説明し、
可能な限り聞き取り、記録をしておきましょう。
・聞き取る内容
氏名、年齢、住所、連絡先、行程、今後の予定、車などの有無、持病の有無、薬の服用の有無。
なぜそうなったのか(どこから落ちたのかなど)
また手当を行った場合は
応急手当の内容と時間、事故者の状況(呼吸、脈拍・・バイタルサイン)、損傷の状態、など
★救助要請の有無の判断
通信手段の選択。特に伝令を出す場合は複数人で、記録をした伝令書を持って出ること。
(そのため伝令書は2通作成する)
X 受傷機転の予測
ほとんどの損傷は重量よりもスピードのほうが大きなエネルギーをもたらし、ダメージにつながります。
・落下距離やスピードはどうだったか?
一般に身長より高いところから落ちた場合「高エネルギー事故」とされています。(命にかかわる重大事故)
たとえば、6mの落下は時速60Kmの車の事故と同じダメージを体に受けるといわれています。
なにが原因でその事故が起きたか、によりどの程度のけがを負っているかを予想しながら対応します。
Y 手当の優先順位
救命処置が大至急必要な場合は次の通り。
@ 心臓停止・・3分での死亡率 50%
A 呼吸停止・・10分での死亡率 50%
B 大出血・・30分での死亡率 50%
基本的にはCPR(心肺蘇生)が優先される。(出血については別項目にて後述)
Z 意識レベルとABC
@傷病者へのアプローチのしかた
★呼びかけと全身の観察
周囲の安全を確認しながら近づき、まず声に出して呼びかける。名前がわかっているときは名前を呼ぶ。
意識不明が疑われる場合などははじめは普通の声で、次第に大きく、耳元で肩などを軽くたたきながら呼びかけ、
反応を見る。
声をかけながらも全身の観察をする。おう吐物、出血の有無など。
反応がない場合はただちに気道を確保し、循環のサインをみる。ない場合はすぐにCPRに移る。
プロテクターを忘れずに装着。
★観察の基準は?
動きがあるか? 目覚めているか? 意識不明か?を判断する。そのうえで
1.正常に受け答えできるか?
2.呼びかけに反応はするか?
3.痛みに反応するか?
4.反応なし
バイタルサインがある場合は適切な体位(回復体位)をとらせて評価を継続する。
ポイント・・顎は引き上げるようなかたちで気道を確保し、おなかの筋肉はゆるませるべく上の足を曲げる。
意識のない人の基本の体位。
★ABCについて
循環のサインを見極めるために次の3項目を評価する。
A・・AIRWAY (気道の評価)
気道が評価されているか。肺に至る空気の通り道が開放されているか。おう吐物などがつまっていないか?
意識がない場合は舌下沈下といって舌の付け根に力がはいらなくなり気道をふさいでしまうことがあるので
至急に回復体位にする。(仰向けのままにしない)
回復体位にしておけば意識不明のままおう吐をしても吐しゃ物が口から横に流れる。
B・・BREATHING (呼吸の評価)
胸の上下運動で見る。鼻口に耳を近づけて息や呼吸音をほほで感じ、
耳で聞くようにしながら目は胸の動きをみるとよい。(みて、きいて、かんじる)
呼吸は平均的には平常時は1分間に16〜18回。
C・・CIRCULATION (循環の評価)
心臓が動いているかどうか。一般的には拍動は1分間に60〜80回。
体温についてはだいたい36〜37度が平均。
体温計があればベストだが、これは手首のあたりをさわって温かく乾燥しているか、を見る。
[ その他
★水分摂取について
望ましい場合・・熱中症の場合、ひどい下痢や広範なやけど(脱水を防ぐ)、毒蛇咬傷や服毒(まわった毒をうすめる)
望ましくない場合・・頭部、胸部、腹部の損傷(出血増大してしまう) 意識不明(誤飲する)、
手術の必要な者(出血が多くなる)、吐き気がある場合(嘔吐してしまう)
※ どうしても水をほしがる場合はしめらす程度に。
★アルコールは摂取をしない
@体温低下(一時的にあたたまるような気がするが末端の血管がひろがり熱が放出されてしまう。
またそのために血圧も低下する。)
A呼吸障害を起こす。B医師の誤診につながる
★ゴールデンタイム
状況やけがの程度もありますが、熱中症では熱射病になってからは40分、
その他重篤な場合のゴールデンタイムは1時間とされています。(→まず、救助要請が必要となる。)
★出血について(皮下出血の可能性の有無)
目に見える出血ばかりが重傷なわけではありません。
特に大腿骨骨折の場合は大量の内出血を伴い一刻も早い搬送が必要となります。
★背中や首の損傷は?
頸椎骨折はむやみに動かすと神経を損傷し重大な後遺症を残すことにつながります。
この場合はむやみに動かさずないで安静にすること、また保温することじたいが応急手当となります。
頸椎損傷が疑われうかどうかは一見してむつかしいですが、「頭を打った」「頭から落下した」など、
どのようにケガをしたかがひとつの判断材料で、精密には医療機関へ行かなくてはわかりません。
またその時は大丈夫と言っても時間経過によって容態が悪くなることもありので観察が必要です。
(頭痛、吐き気、意識不明)
やむをえず危険地帯から移動させるような場合、「頭だけ押さえる」と首から下が動いてしまうので
必ず「頭部と首、肩など上半身もしっかり固定する」ことが必要です。
付記:
☆ 手当や救助をしてもらったら・・
不幸にも救助をされる側になってしまった場合には
・救助してくれた方々の氏名、連絡先を聞いておく。
・自分たちの連絡先を知らせておく。
搬送などしてもらった場合にはツエルトやロープなど新品をもって代替品をお返しするようにしましょう。
実際にあるケースですが、救助した側は弁償についてはなかなか言い出しにくく、
また救助された側は気付かなかったりして遺恨を残すことがあります。
その場では無理かもしれませんが、救助された側はなにか損傷した装備などはなかったか
後日にでも連絡を取って謝礼などとともに弁償をすることが良識ある対応といえます。
☆心的ストレスについて
最善をつくしたつもりでも
「あのときあれでよかったのだろうか」「あの方はどうなったろう」「自分のせいで悪化してはいないだろうか」
などと思い悩んだり出血を目撃したショックからなかなか立ち直れないことがあります。
それらはごくごくあたりまえに起こることです。
ですからできうる限り自分を否定せずに受け入れるようにしましょう。
そして人に話をすることもよい解決のための方法になります。
そして聞いてあげる立場の人はその話を受け入れてあげてください。
「大変だったね」のひとことが救う効果は大きなものがありあります。
応急手当事後の精神的ケアは周囲の人のあたたかさなしには成立しません。
広い意味で救助してあげた方の心のケアも救急法のひとつ、ということができるのです。